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水戸地方裁判所 昭和36年(む)632号 判決 1961年11月06日

被告人 青木良助 外十五名

決  定

(被告人、弁護人氏名略)

右被告人等一六名外二名に対する公職選挙法違反被告事件につき、昭和三六年一〇月一一日の公判期日において下妻簡易裁判所裁判官上野智に対し右被告人等一六名の弁護人飯塚信夫より忌避の申立がなされ、これに対し同公判廷において同裁判官が忌避申立却下の裁判をしたが、右却下裁判につき何れも右一六名の被告人等の弁護人である右申立人等から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告の申立の趣旨及び理由は申立人等の準抗告申立書及び準抗告申立理由書記載のとおりであるが、右準抗告申立理由書より引用すれば左のとおりである。

「即ち刑事訴訟法第二十四条第一項によれば即時却下の裁判を為し得るのは訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかな忌避申立についてだけである。ところが弁護人が為した忌避申立は遅延目的はない。即ち当日全弁護人が出席して既に検察官の論告求刑の後弁論をすべくその要旨を準備して公判廷に臨んでいた。ところが公判開廷後直に裁判官は検察官に対し公訴事実第三につき幇助なる訴因を共同正犯にその他第四、第五の一の訴因変更を促したところ検察官がその意思のない旨を発言したので直ちに右の通り変更する旨命令すると為し裁判の原本らしきものにより事実を読み上げた。この間弁護人は裁判官の早口で読み上げる事実を書き取ることができなかつた。それと同時に被告人竹内正に対しこれに対してどうかと質問を発した。そこで直ちに弁護人が刑事訴訟法第三一二条第四項に基き右従犯を共同正犯に変更することは被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があるので必要な期間公判手続を停止して貰い度い旨請求したところ裁判官は十分間休廷を宣言した。弁護人はそこで刑事訴訟法第三一二条第二項の解釈につき休廷中に研究を重ねたが、十分間では充分ではなく、被告人の防禦方法につき検討する余猶もなく開廷された。開廷後又裁判官は被告人に対し又尋問を始めたので必要な期間公判手続停止をすべきであると主張したが弁護人の発言を制止禁止し座れと云つて正当な弁護権の行使を妨げ被告人から弁解を聞こうとした。そこで弁護人としてはそれ以上裁判官に意見を述べることは更に裁判官の強権の発動をみるばかりと考えたので、これ以上放置すると不公平な裁判をする虞があるので弁護人は被告人のため裁判官忌避の申立をした。然るに裁判官は即座に理由も告げずに申立却下の裁判をしたので刑事訴訟法第四百二十九条に基き却下の裁判の取消を請求した次第であります。

惟うに従犯の公訴事実を共同正犯に変更するが如きは被告人にとつて新しく公訴提起されたと同様であつて従来の従犯の事実に対する防禦から一歩出て防禦を尽さなければならないのであり最も重大であつてその変更された訴因につき充分検討するの必要がある。

而も検察官が変更するの意思なく従犯なりと主張するに於ては尚更である。更に裁判官は訴因変更命令に基き変更した訴因を朗読した。弁護人は変更命令の効果につき疑問があるので、その意見を述べようとしても全然聞き入れなかつた。このようなことが、この民主々義の世にあつて許さるべきと思われない。

何卒御調査の上原決定を取消す旨の裁判相成り度い。」

右被告人等一八名に対する公職選挙法違反被告事件の記録を調査すると、右被告事件第五回公判期日(昭和三六年一〇月一一日)において飯塚弁護人が裁判官忌避の申立をなし、上野裁判官が右申立を却下する裁判をなしたことが明らかである。(なお、本件準抗告申立書には右一六名の被告人等の外被告人松本助右エ門、同鈴木橘治、同森道雄、同木村倍二及び同知久義雄に対する公職選挙法違反被告事件についても申立がなされているかのように記載せられているが、右公判期日において忌避申立がなされ右申立が却下せられた際右被告人松本、同鈴木、及び同森については弁論が分離せられており、被告人木村倍二及び同知久については忌避申立人である飯塚弁護人はその弁護人ではないから、右五名に対する被告事件については本件準抗告の申立はなされていないものと認める。)

(忌避申立の原因)

第一  最初に右公判期日における忌避申立の原因につき考按する。

右被告事件記録中第五回公判調書には飯塚弁護人の忌避申立の原因について記載せられておらず又忌避原因についての疎明書の提出もないので、右忌避申立に至るまでの経過を考察して合理的に忌避原因を認定する外はない。

右公判調書の記載によれば、同公判廷において上野裁判官が、公訴事実第三記載の訴因について、

「被告人竹内正は右第二記載の如く八代芳蔵が被告人須釜淳等五名に現金三千円宛を供与した際その情を知りながら八代を右各被告人方に案内し八代を絡介し更に被告人等に受供与を勧めてこれを受取らせる等右八代の犯行を容易ならせて各幇助し」とあるのを

「被告人竹内正は八代芳蔵と共謀の上来るべき総選挙(昭和三五年一一月二〇日施行衆議院議員総選挙)に立候補した際同人に当選を得しめる目的をもつて同人のため投票並びに投票取りまとめの選挙運動を依頼しその報酬として昭和三五年一〇月上旬頃

(一)  猿島郡五霞村大字元栗橋一九九番地の一須釜淳方において同人に対し現金三〇〇〇円を供与し

(二)  同村大字新幸谷四四七番地の一山本三吉方において同人に対し現三〇〇〇円を供与し

(三)  同村大字江川一四八八番地木村貞三郎方において同人に対し現金三〇〇〇円を供与し

(四)  同村同大字一四五九番地木村隆治方において同人に対し現金三〇〇〇円を供与し

(五)  同村大字山王二三七番地鈴木橘治方において同人に対し現金三〇〇〇円を供与し」と変更し、公訴事実第四記載の訴因について

「被告人須釜淳は前記総選挙の公示前である同年一〇月九日頃同村大字元栗橋九五番地の二被告人須釜真輔方において同人及び被告人須釜貞雄同小林国丈の三名に対し前記佐藤洋之助が来るべき総選挙に立候補した際同人に当選を得しめる目的をもつて同人のため投票並びに投票取りまとめの選挙運動を依頼しその報酬等として現金三〇〇〇円を供与し」とあるのを

「被告人須釜淳は同日頃同所において須釜真輔、須釜貞雄、小林国丈外一二人に対し同趣旨のもとに現金三〇〇〇円を一括供与し」と変更し、公訴事実第五の(一)記載の訴因について、

「被告人須釜真輔同須釜貞雄同小林国丈の三名は共謀の上右第四記載の日時場所において被告人須釜淳から同記載の趣旨の下に現金三〇〇〇円の供与を受け」とあるのを

「被告人須釜真輔同須釜貞雄同小林国丈の三名は同日時場所において須釜淳から須釜弁昌外十一人と共に同趣旨の下に現金三〇〇〇円の供与を受け」と変更する旨命令し、被告人竹内正に対し被告事件(訴因変更の部分)に対する陳述をする機会を与えたところ、弁護人である本件申立人三名は変更命令のあつた訴因について被告人側に防禦のための準備期間を与えず被告人に陳述を求めることにつき異議の申立をなし、裁判官は被告人弁護人の右防禦の方法打合せの為休廷を宣し、三十五分間休廷したのち開廷し、被告人竹内が陳述した時再び飯塚弁護人が異議を申立て、訴因の変更により被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる場合であるから被告人に充分な防禦の準備をさせる為必要な期間公判手続は停止されるべきであり、直ちに被告人の陳述を求めることには異議がある旨述べ、右防禦の準備の為相当期間公判手続を停止するよう請求したところ、裁判官は、右異議を棄却し、その理由として、本件における訴因変更については前回迄の公判廷において検察官に釈明を求めていたものでありその防禦の方法について被告人弁護人側においても全く予期されぬものではなく又休廷によつて準備の為の機会をも与えられたのであるから弁護人の異議を認めない(なおこの場合の被告人の供述は変更された訴因についての陳述の機会を与えるものである)旨述べたのに引続き、飯塚弁護人より裁判官忌避の申立がなされたものであることが認められる。

右公判の経過から判断すると、右忌避申立は裁判官が弁護人の刑事訴訟法第三一二条第四項の規定による公判手続の停止の請求に対し、これを却下した(なお右公判調書上は公判手続を停止せず直ちに被告人の供述を求めることに対する異議を棄却する決定とせられているが、公判手続停止の請求がなされていることに鑑み、黙示的に右請求をも却下した趣旨と解せられる)ことが違法であり、右措置をもつて裁判官が不公平な裁判をする虞があると判断し、これを忌避原因としてなされたものと推断することができる。

(忌避原因の当否の判断)

第二 因て上野裁判官が飯塚弁護人の公判手続停止の請求を却下したことが不公平な裁判をする虞れがある場合にあたるかどうかにつき判断する。

一、前記第一記載のような公判経過から窺い知られるように上野裁判官が飯塚弁護人の公判手続停止の請求を却下したのは「被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞がある」と認めなかつたからであるが、同裁判官の右の判断が正しいかどうかを判断する。

証人津田博の当裁判所の尋問調書の記載によつて前記被告事件の第三回及び第四回の各公判期日において前記訴因の追加若しくは変更について、検察官にその内容を示して示唆し、第三回か遅くとも第四回公判期日においては検察官に対し明確に右の点を釈明すると共に弁護人に対しても検察官の訴因変更の可能性とこれについての準備を求めたものであることが認められ、又右被告事件の第四回公判期日において各弁護人は右各訴因の変更を一応予定してなされたものと思われる被告人等に対する質問とこれに対する答(例えば飯塚弁護人の被告人竹内正に対する「この八代を案内したことが幇助として起訴され今又共犯ではないかと云つて調べられて居りますがその点どう思いますか」という質問に対し同被告人の「私には幇助とか共犯とを云つた点の法律的な意味は分りませんが今申し上げた様な事情で幇助とかいわんや共犯等と云う意思はぜんぜんありません」という答)が行われたこと更に第五回公判期日において被告人等に訴因変更命令につき陳述する機会を与える前約三十五分間休廷して防禦の準備のための時間を与えたことが右被告事件の記録上明らかであり、以上の経過から考えると、右訴因変更命令はその中公訴事実第三記載の訴因の変更の如きその内容において相当重要なものを含んではいるけれども被告人等の右訴因変更命令に対する防禦の準備期間は相当あり、準備も実際に相当程度なされていると認められるから、右訴因変更命令がなされたこと及び同命令を前提として訴訟手続を進行することは被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞れがあるものとは必ずしもいいがたく、上野裁判官の判断は誤つておらず、その訴訟指揮は違法ではない。

従つて同裁判官の右措置につき飯塚弁護人が主観的にこれを不満とすることはともかく、これを以て同裁判官が不公平な裁判をする虞れがあると考えることは到底できない。

二、(尚申立人等は飯塚弁護人が公判手続停止をすべきであると主張した際上野裁判官は弁護人の発言を制止禁止し座れと云つて正当な弁護権の行使を妨げた旨主張するところがあるが、前記証人津田博の尋問調書によれば、上野裁判官は被告人竹内に訴因変更命令につき意見を陳述する機会を与えているとき飯塚弁護人より発言があつたので被告人竹内の発言終了後陳述すべき旨制したもので、飯塚弁護人は被告人竹内の発言終了後前記の如く異議の申立をなしておつて何等弁護権の行使は妨げられていないことが明らかである。)

(忌避申立却下の裁判が訴訟遅延の目的のみでなされたものであるかどうかの判断)

第三 更に進んで申立人等は本件忌避申立却下の裁判は刑事訴訟法第二四条第一項に基くものとして、申立人等の忌避の申立は訴訟遅延の目的はないから右却下の裁判は違法であると主張するので、この点につき判断する。

(上野裁判官が忌避申立を却下した裁判の理由については右公判調書に記載はないが、簡易却下手続の許されるのは刑事訴訟法第二四条第一項の場合に限られ、且つ忌避の理由が裁判官が弁護人の訴訟手続停止の請求を許容しないことにあることからして申立人等主張の如く解すべきである。)

右第二の一の点とその他忌避の原因についての陳述もないことを考え合せると、飯塚弁護人の右忌避の申立は全然忌避の原因がないのに、正当な訴訟指揮に対し主観的にこれを不満としてなしたにすぎないもので忌避制度の乱用であるというの外なく、且忌避の申立は自然審理の進行を阻害し訴訟を遅延せしめることになるものであるから、右のように何等理由なき忌避の申立が訴訟を遅延させる目的のみでされたことの明らかなものであると認めることには充分の根拠があり相当である。

従つて上野裁判官が右忌避の申立を却下したのは相当であつて本件準抗告は理由がないから刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項によりこれを棄却すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 小倉明 田上輝彦 環直弥)

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